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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)148号 決定 1962年5月23日

抗告人 藪内清 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。

抗告理由第一点について。

記録によると、抗告人須田は昭和二九年一二月六日、同藪内は昭和三三年二月七日いずれも南海製線綱索株式会社の代表取締役に就任したこと、同会社においては、昭和二六年一一月一二日の株主総会の決議により存立時期の定めを廃止したので、登記事項に変更を生じたこと、右変更登記手続は昭和三六年四月一三日に至り漸く本店所在地においてなされたことが明らかである。

ところで、抗告人は、本件登記事項の変更は自己の代表取締役在任中に生じたものでないから、右変更時に在任せる代表取締役の登記懈怠による責任を、その後任者である抗告人らにおいて、代つて負うべき筋合いはないと主張する。

株式会社の登記事項に変更を生じたときは、そのとき在任していた代表取締役は、本店の所在地において変更の日より二週間内に変更登記手続をなすべき義務があり(商法一八八条三項、六七条、非訟事件手続法一八八条一項)、これを懈怠したときは商法所定の罰則の制裁を受ける(商法四九八条一項一参照)。ところが、右代表取締役が法定期間内にその変更登記の手続をしないまま退任したときは、右登記義務がこれにより消滅するいわれがないから、後任代表取締役は就任とともに右登記義務を履践しなければならないのであつて、右法条の趣旨に鑑み、本店の所在地においては、就任の日から二週間内に変更登記手続をすれば同人に関する限り登記懈怠の責任はないと解するのが相当である。しかるに、右後任代表取締役もまた右期間内にその登記をなすことを懈怠したときは、同代表取締役は自己の懈怠の事実につき責任を負うべきは勿論である。

抗告人がいずれも代表取締役に就任したときには、すでに登記事項に変更を生じていたのであるから、抗告人は就任と同時に変更登記をなすべき義務を負担したものというべく、各就任の日から二週間内にその登記義務を履行しなかつたことが明らかな以上、それぞれ各自の登記義務懈怠の事実につきその責任を免れることができないことは前に説示したとおりであつて、抗告人の右主張は理由がない。

同第二点について。

抗告人は、抗告人須田、藪内が代表取締役に就任したときは、本件登記事項の変更を生じた日から、それぞれ六年二月、三年一ケ月を既に経過して居り、かつ、本件変更登記がなされた日までに何の被害も発生していないのであるから右懈怠の事実につき抗告人の責任を追及するのは時効制度の趣旨に反する旨主張する。しかしながら、登記事項に変更を生じたときは、出来る限り、早い時期において変更登記により事実と登記とを一致させるのが法の要求するところである。代表取締役が就任の際既に、登記事項に変更を生じていたにかかわらず、登記が長期に亘り依然として旧態のままであつたことは、真実と登記との不一致の状態、すなわち登記制度の本旨に反した状態が長期に亘り継続していたことに外ならないのであつて、かかる事実がその後に就任した代表取締役の登記義務を軽減あるいは消滅せしむべき何等の理由となるものではない。時効制度は、社会の法律関係の安定のために一定の期間継続した事実状態をそのまま法律関係となし、これを覆えさないことがかえつて公益に適するとか、永く不問に付せられた事実は埋もれた事実としてそのまま現状を尊重することがかえつて公益に適する場合に認められているものであつて、本件事案に時効制度の趣旨を類推適用すべき余地はない。また登記懈怠による制裁は登記義務を履行せしめるための行政上の秩序罰であつて、現実に被害の生じたかどうかは問題とするところではない。よつて、抗告人の前記主張は理由がない。

同第三点について。

抗告人はいずれも代表取締役に就任当時既に本件登記事項に変更が生じていた事実を知らなかつたし、同人らが法律専門家でないことを理由に変更登記懈怠による責任がない旨主張するけれども、かかる事由が本件変更登記につき、その義務を課した前記法条の適用を排除する理由とならないことは多言を要しないところである。そして会社の「存立時期の満了又は解散の事由」はいわゆる危険な約束としてもと昭和二五年法律第一六七号による改正前の商法一六八条一号に、これを定款に記載しなければその効力を有しない事項すなわち、相対的記載事項として規定せられていたが、右一号は右改正法律により削除せられた。それは、商法四〇四条一号、九四条一号において、会社は「存立時期の満了その他定款に定めた事由の発生」により解散する旨規定せられているので、同法一六八条に相対的記載事項として規定して置く必要がないとの考慮から削除されたものである。故にたとえ抗告人において同法一六八条一号が削除された理由を所論の如く解し、本件変更登記手続をする必要がないと誤解したとしても、これをもつて登記義務懈怠の責任を免れる事由とはなし難い。よつて所論は理由がない。

同第四点について。

原審決定において抗告人に課した過料の制裁は商法上の義務不履行による秩序罰であつて、犯罪を犯したことを理由とし刑法上の効果として科す刑罰とは異なる。憲法第三一条は、いわゆる「法律の適正な手続」について規定したものと解せられるが同条にいう「刑罰」とは刑法上の刑罰を意味し、行政上の秩序罰を含まないと解するのが相当である。したがつて過料の裁判については、刑事裁判につき定められている法律の規定の適用なく、非訟事件手続法二〇六条ないし二〇八条の二にしたがつてこれを行なうのであつて、原審手続には何等違法の点なく、所論は独自の見解であつて採用することができない。

以上本件抗告理由はいずれも理由がなく、他に原決定には違法の点がない。

よつて、民事訴訟法四一四条、三八四条、九五条、八九条に従い主文のとおり判定する。

(裁判官 平峯隆 大江健次郎 北後陽三)

抗告の趣旨

原決定を取消す

との裁判あることを求める。

抗告の理由

(一) 原決定は被審人両名は昭和二六年一一月一二日株主総会の決議により存立時期の定を廃止し登記事項に変更を生じたので法定期間内にその登記手続をする義務あるのに之を怠つた旨記載するが抗告人両名は当時会社と何の関係もなくかかる義務を負担するに由なし、右義務を怠つたのは二六年一一月十二日より法定期間内に在任した代表取締役に於て負ふべきもので抗告人両名は右記載の如き義務を承継するいわれはないし又他人の懈怠に対し代つて責任を負ふべき筋合はない、須く今は退任せるも当時の代表取締役を処罰すべきである。

(二) 抗告人等は夫々三三年二月七日及二九年十二月六日就任したもので右法定期間より六年二月或は三年一ケ月経過後であり且三六年四月十三日迄に未登記の為何の被害を及ぼしたことなきに之を処罰するは一般時効制度並行政上の時効(五年)の趣旨からするも失当である。

(三) 抗告人両名の責任は就任と共に遅滞なく調査監督すべき義務ありとするも抗告人等は法律専門家に非ず法律知識なく日夜会社の経済業務に専念しおり登記原本を閲覧調査する義務を科するは苛酷も甚だしく相当注意をなすも本項目の如き微細なる点は発見しうるものに非ず殊に本項目の定款よりの削除は昭和二六年七月一日商法の大改正に際し定款記載事項より一般的普遍的に排除したもので当然廃止せられたものと考えられ何等怪しまず殊に数年後に就任した抗告人等にも之が責任を追求するに足る過失ありとは認め難い特別の事情と解しなければならない抗告人等の怠慢と解しうるものはない(評論七巻商八三三参照)。

(四) 抗告人等を処罰するは憲法三一条違反なり即ち抗告人は三一条所定の「其の他の刑罰」として過料に処せらるるところ単に非訟事件手続法によるというのみで被審人等の過失の有無、程度には何等実体的証拠調べをせず一回の弁論も開かず一方的簡易手続に終始して処罰するは憲法違反なり。

仍て原決定を取消し相成ることを求める。

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